村山苑について
沿革
役員・組織図

村山苑は、戦災により家を焼かれ、また、海外より引き揚げた人たちが、住む家も職も生活の術をも失い、巷(街路)を彷徨(さまよう)しているところを救護すべく、宮東孝行・克子夫妻らが昭和21年(1946年)11月、文京区駕篭町165番地に焼け残った家屋及び急場造りの家を建て保護施設を開設すると共に、北多摩郡東村山町廻田2454番地に、敗戦により廃屋同然となっていた旧陸軍少年通信兵学校の厩舎や倉庫を大蔵省(現財務省)より借り受け、「財団法人明照会」の下、定員450名の保護施設を開設しました。

昭和27年(1952年)6月、社会福祉事業法が施行されたことを機に、財団法人明照会から「社会福祉法人村山昭和寮」として分離独立、昭和35年(1960年)12月、「社会福祉法人村山苑」に名称変更し現在に至っております。


あゆみ
昭和21年11月 財団法人明照会は旧陸軍少年通信兵学校の厩舎、倉庫を利用し、戦災者、引揚者、浮浪者(ホームレス)等を収容、保護施設を開設
昭和22年1月 保護施設が東京都の委託施設の指定を受ける
昭和27年6月 社会福祉事業法の施行に伴い、社会福祉法人村山昭和寮として財団法人明照会より分離独立
昭和30年1月 更生施設村山昭和寮の一部を宿所提供施設として運営する
昭和34年5月 更生施設村山昭和寮、宿所提供施設村山昭和寮の事業廃止
昭和35年3月 理事者の交代により、高山照英氏ら3名が新理事となる
昭和35年12月 社会福祉法人村山苑と改称
宿泊施設村山寮開設
昭和36年6月 救護施設「村山荘」開設
昭和39年6月 東京都より宿泊所「東京都めぐりだ寮」の事業受託
昭和44年5月 保育所「つぼみ保育園」開設(昭和45年4月、「つぼみ幼児保育園」に名称変更)
昭和45年4月 保育所「つぼみ乳児保育園」開設
昭和46年5月 特別養護老人ホーム「ハトホーム」開設
昭和47年4月 特別養護老人ホームハトホーム職員宿舎開設
昭和51年4月 特別養護老人ホームハトホーム訓練棟開設
昭和51年12月 東村山市機能回復自宅訓練受託事業開始
昭和53年4月 社会福祉法人戦傷病者会館より無償譲渡を受け、身体障害者授産施設「福祉事業センター」を開設
昭和53年10月 東村山市ひとり暮らし老人給食サービス委託事業開始
昭和55年4月 保育所「ふじみ保育園」開設
昭和56年4月 宿泊所「東京都めぐりだ寮」の委託契約を解消し、土地使用権及び建物を東京都から買収する
昭和57年4月 救護施設「さつき荘」開設
昭和62年12月 理事長高山照英氏死去、新理事長に泉隆氏就任
平成7年6月 宿泊施設「村山寮」事業廃止
平成9年4月 特別養護老人ホーム「ハトホーム」増築及び大規模修繕工事終了、定員を180名に変更、併せて老人短期入所事業、訪問食事サービス事業開始
平成12年4月 介護保険法に伴い、特別養護老人ホーム「ハトホーム」について、指定介護老人福祉施設、指定短期入所生活介護事業所、生活保護法指定介護機関、指定居宅サービス事業、指定居宅介護支援事業所、介護保険施設の指定を受ける
平成13年4月 保育所「つぼみ乳児保育園」を廃止し、保育所「つぼみ乳児保育園」「つぼみ幼児保育園」を統合して「つぼみ保育園」とする
平成13年9月 保育所「つぼみ保育園」改築工事が完了し、新園舎にて保育開始
平成16年4月 救護施設「村山荘」で独自事業として「通所・訪問事業」を開始
平成19年4月 身体障害者授産施設「福祉事業センター」を障害者支援施設に改め、事業内容を変更(障害者自立支援法による変更)
平成22年4月 理事長泉隆氏任期満了、新理事長に品川卓正氏就任
平成22年6月 (仮称)東村山市本町地区プロジェクトに係る保育所・高齢者福祉施設の新築工事開始
平成23年2月 新築工事完了
平成23年4月 保育所「ほんちょう保育園」併設高齢者福祉施設「ほんちょうケアセンター」事業開始
平成25年12月 社会貢献事業として、「第二種社会福祉事業・生計困難者に対して、その住居で衣食その他日常の生活必需品若しくは、これに要する金銭を与え、又は生活に関する相談に応ずる事業」『むらやまえん 生活相談所』の事業開始
平成27年4月 指定特定相談支援事業「村山苑障害者計画相談支援室」(通称 きせき)を開設
平成28年4月 国分寺市立日吉保育園を民間移管で「ひよし保育園」として開設